イントロダクション
東京から10時間、日本から最も近いヨーロッパの国、フィンランド。そんな何だか遠くて近い国でひそかに誕生した映画「かもめ食堂」。フィンランドの首都ヘルシンキは青い空にのんびりとかもめが空を飛び交い、ヨーロッパ各地からの客船が行き交う美しい港町です。その街角に、日本人女性サチエが経営する「かもめ食堂」(ruokala lokki)は小さいながらも健気に開店しました。そんなかもめ食堂を舞台にそれぞれの登場人物の、丈夫だけれどちょっとやるせない、日常的なようでそうでない、不思議な物語が始まります。
原作は、さりげないなかにも凛とした女性たちの日常を描き、多くの女性読者に支持される人気作家、群ようこ。この映画の企画を聞いた彼女は初めての体験にもかかわらず、快く小説「かもめ食堂」を一気に書き下ろしました。
監督・脚本はこの作品が三作目となる荻上直子。田舎に住む少年たちの素朴で明るい生活を瑞々しく撮った「バーバー吉野」で2003年ベルリン国際映画際児童映画部門特別賞を受けた、今最も面白いことをしたいと思っている監督です。そして撮影監督トゥオモ・ヴィルタネンはじめ多くのフィンランド人のスタッフと、日本人スタッフとのまるで本編とリンクするような、楽しげでおおらかな撮影現場によって、荻上直子のまた新しい映像世界が誕生しました。
そんな時間と空気感から生まれたフィンランドスタッフの母国への健やかな思いが、この国の白夜の季節の美しくもはかない色合い、そこを歩く人々のなんともいえないゆったりとしたたたずまいをほのかに伝えているのもこの映画の楽しさになっています。
「かもめ食堂」の店主サチエには、抜群の演技センスを持つ小林聡美。きりっとした潔さとともに優しさをも感じさせる主人公を、ヘルシンキの街と人に素直にとけ込みさらっと美しく演じています。
二人目のかもめ食堂の住人になるミドリは、数々の舞台で圧倒的な存在感をみせる片桐はいりが、映像の中では初めてかもしれない、普通の悩める女性像を切ないくらい細やかな息づかいで演じきっています。
そして、かもめ食堂三人目の登場人物マサコを演じるのは、久々に永遠に年齢不詳な女優の真骨頂を感じさせる不敵なまでの不可思議なもたいまさこ。
そんな三人の女優たちに加え、アキ・カウリスマキの代表作「過去のない男」の主演マルック・ペルトラをはじめ魅力的なキャストがこの映画をより鮮やかなものにして、この物語を 日本の街でも同時に感じられる、そんな身近なものに引き寄せていきます。
幸せは美味しいものを食べた瞬間に感じると、そんなことを思わせるのも、またこの映画の魅力になっています。美味しいコーヒー、焼きたてのシナモンロール、揚げたての豚カツ、ジュージューの生姜焼き、そして握りたてのおにぎり、こんな心を込めたかもめ食堂の料理が、力強く、でもほっとさせてくれ、優しくてにこっと笑える、そんなあたたかい映画にしています。
そして、エンディングの井上陽水の歌「クレイジーラブ」は自由であることと切ないこと、哀しいことと優しいこと・・・そんなすべて の人の思いを響かせ、物語のラストにして、あたかも新しいはじまりの予感をすら感じさせます。
「人はみんな変わっていくものですから」
主人公サチエの印象的なこの言葉に向かうこの物語には、静かだけれど力強い、そして心地いい、そんな柔らかな幸福感があふれています。 |